ペロブスカイト太陽電池の問題点・課題とは|実用化はいつ?企業の取組み例

【目次】

以下は、「ペロブスカイト太陽電池の最新開発・製造・評価・応用技術―高効率化・大面積化/安定性・耐久性向上/環境対応」より引用し、見出しのみ当社で付記しました。

概要

兵庫県立大学材料電気化学研究室では、次世代のエネルギー変換デバイスおよびその周辺材料の研究を行っている。特に、次世代太陽電池として期待されるペロブスカイト太陽電池や、水素エネルギー社会の実現に必要な水電解セル、燃料電池などについて、材料からデバイスまで幅広い研究開発を展開している。本稿では、その中でも、炭素電極を用いたペロブスカイト太陽電池について紹介する。

ペロブスカイト太陽電池とは|問題点・課題

ペロブスカイト太陽電池の問題点

一般的な薄膜型のペロブスカイト太陽電池の構造は、光入射側から、<導電性ガラス基板/電子輸送層/ペロブスカイト層/正孔輸送層/金属電極>となっている。このうち、正孔輸送層にはSpiro-OMeTADをはじめとする高価な有機材料が、金属電極には金および銀の貴金属が用いられている。これら材料のコストにも課題があるとされるが、最も注意すべきはその安定性が低い事である。
空気中の水分や酸素などの影響により、光吸収材料のペロブスカイト結晶材料(有機鉛ハロゲン)は正孔輸送層および金属電極と反応し、太陽電池素子が著しく劣化するといった課題がある。多くの研究者は、これを解決するために、反応し得る層の界面を別の材料でコーティングする、あるいは、材料自体を不活性化するなどのアプローチを行なってきた。いくつかの研究グループでは、これらのアプローチに成功し、光電変換効率が20%以上を維持しながら、高い安定性を有する素子を実現している。しかしながら、高い効率と高い安定性を備えたペロブスカイト太陽電池の作製には、クリーンルームや低湿度のドライルームといった特殊な作製環境が必要な場合が多く、設備・プロセスコストが大幅にかかることになる。

ペロブスカイト太陽電池の構造、製作例

炭素電極を用いたペロブスカイト太陽電池

これらの問題点を解決するために、高価で不安定な有機材料と金属電極を炭素電極に置き換えたペロブスカイト太陽電池がある。この太陽電池は、2013年に華中科技大学(中国 武漢)のHongwei Han教授によって初めて開発された※1,※2。私達はその炭素電極ペロブスカイト太陽電池を、その構造的特徴から、多層多孔質層状電極型ペロブスカイト太陽電池(Multi-Porous-Layered-Electrode Perovskite Solar Cells:MPLE-PSCs)と呼んでいる(図1)。薄膜型とカーボン型の耐久性を比較した研究では※3、薄膜型が100時間ほどで効率が著しく低下するのに対し、カーボン型は1,000時間経っても初期効率の殆どを維持するなど、開発当初から非常に高い安定性を有することが報告されてきた。



一般的なMPLE-PSCsの構造は、光入射側から、<導電性ガラス基板/多孔質電子輸送層+ペロブスカイト結晶/多孔質絶縁層+ペロブスカイト結晶/多孔質カーボン層+ペロブスカイト結晶>となっている。特徴としては、全ての層が多孔質材料であり、その全ての多孔質材料の空隙にペロブスカイト結晶が充填されている点である。多孔質電子輸送層には酸化チタン、多孔質絶縁層には酸化ジルコニウムや酸化アルミニウムが用いられている。MPLE-PSCsの各多孔質層は、粒子、有機バインダー、高粘性溶媒を混合したペースト材料を、スクリーン印刷と呼ばれる塗布技術によって基板上に印刷し、高温(400~500℃) で焼成することで、有機バインダーと高粘性溶媒を蒸発させ、多孔質層が完成する。そして、カーボン電極上からペロブスカイト前駆体溶液を滴下・浸透させ、加熱乾燥に伴う溶媒の除去を経て多孔質層内にペロブスカイト結晶を充填し、太陽電池素子が完成する(図2) ※4



炭素電極を用いたペロブスカイト太陽電池の研究開発

炭素電極を用いたペロブスカイト太陽電池の利点と課題

MPLE-PSCsは、殆どの作製工程を特別な環境でない、通常の大気下で実施可能である(ペロブスカイト前駆体溶液を調液する工程のみ、グローブボックスの中で実施)。そのため、製造コストを抑えることができ、産業上非常に有利である。また、特別な環境を必要としないため、どこでも作製可能である点は大きな利点である。薄膜型との比較では、高価な有機材料や金属電極を用いず、地球に豊富な炭素だけを用いるため、材料コストにおいても大きなアドバンテージがある(図3)。そして、真空蒸着などのバッチ式真空プロセスを使用せずに、完全大気下での大面積作製可能なスクリーン印刷プロセスで製造可能である。さらにこの炭素電極が空気中の水分や酸素に対して不活性であり、発電層へのこれらの外的要因の侵入をブロックすることから、非常に高い安定性を有する。MPLE-PSCsに関する論文はこれまでに数100報ほど報告されているが、そのうちの多くの論文において、高い安定性を示す実験結果が掲載されており、作製環境に依らず再現性が高いことが伺える。実際に、大面積モジュールに関する報告も多数あり、実用化は近いと考えられる。一方で、薄膜型と比較して光電変換効率が低いという課題がある。2022年現在、薄膜型の世界トップ効率は25%以上であり、多くの発表論文で20%以上が報告されている。ペロブスカイト太陽電池の利点の一つが、シリコン太陽電池に匹敵するこの高い効率である。しかし、MPLE-PSCsでは世界トップ効率は18.8%にとどまっており※5、多くの発表論文では17%以下の報告が多く、薄膜型と比較して低い水準となっている。



これにはいくつかの要因が考えられる。まず、炭素電極を使用する点である。薄膜型では導電性の高い金属電極が用いられるのに対し、炭素電極は金属電極と比較して導電性が数百分の一と低い。そのため、生成した電荷の移動抵抗が大きくなり、太陽電池のパラメータとしては曲率因子(フィルファクター)が低くなる。次に、正孔輸送層が確立されていない点である。これまで報告されてきたMPLE-PSCsに関する多くの論文では、正孔輸送層のないものが多い。これは、炭素電極が背面電極としての役割に加えて正孔抽出・輸送の役割も担うことができるためである。これを、電極を一つ減らすことで製造プロセスが煩雑にならないことをアピールした「正孔輸送層フリー」と銘打った論文も多数存在している。しかし、当研究室では正孔輸送層が存在する方が、太陽電池性能が高くなるという実験結果を得ている。詳しくは後述するが、絶縁層と炭素電極の間、もしくは炭素電極内に正孔抽出・輸送能力を有するp型半導体材料(例 酸化ニッケルなど)を導入することで、生成した正孔を選択的・効率的に抽出・輸送することができると考えられる。しかし、正孔輸送層については、どの材料が良いか、どのように導入するのが最適かは未だ確立されておらず、議論が必要である。また、多孔質層内に充填されるペロブスカイト結晶にも改善の余地がある。ペロブスカイト太陽電池において、ペロブスカイト結晶の大きさは、太陽電池性能に影響を与えることが報告されている。一般的に、結晶サイズが小さいほど、結晶粒間の界面である粒界が多くなる。この粒界は電荷移動の障壁およびエネルギー失活サイトになる為、少ない方が良いとされている。しかし、MPLE-PSCsではナノ粒子によって形成されるナノ多孔質空間にペロブスカイト結晶が充填されているため、結晶を大きく成長させることが難しい。その結果、粒界が多くなり、太陽電池パラメータとしては開放電圧(Voc )が低くなる※6。実際に、薄膜型はVocが1.0V以上あるのに対し、MPLE-PSCsでは1.0V以下と低い。これは、MPLE-PSCsの構造的な問題であるため、改善には新たなアイデアが必要となるだろう。このように、MPLE-PSCsの光電変換効率には未だ課題があるとされ、研究者の一つの目標は実験室サイズの素子で20%、モジュールサイズで18%の効率を達成することにある。モジュールサイズで18%の効率を達成できれば、実用化に大きく近づくことができると考えられる。

炭素電極を用いたペロブスカイト太陽電池の高性能化

MPLE-PSCsの高性能化に向けたアプローチについて、当研究室で得られた研究成果をもとに紹介する。我々は、MPLE-PSCsには正孔輸送材料が必要であると考え、その材料としてp型半導体である酸化ニッケルに注目した。酸化ニッケルは地球に豊富な材料であり、薄膜型ペロブスカイト太陽電池においてもよく使用される材料で、ペロブスカイト結晶との親和性も高いことも魅力である。これまでに、MPLE-PSCsへの酸化ニッケルの適用方法として、二つの手法が検討されていた。一つは、絶縁層とカーボン層の間に多孔質な酸化ニッケル層を挿入する方法(m-NiO)で、もう一つは、カーボン層内に酸化ニッケル粒子を混ぜ込む方法(NiO-C)である(図4)。



我々は、この二つの手法がどのようにMPLE-PSCsの性能に影響を及ぼすかを調査した。その結果、酸化ニッケルを層(m-NiO)として導入した場合、正孔の効率的な抽出・輸送が可能となり、電流損失を低減させることができ、短絡電流密度(Jsc )が改善することがわかった。一方で、酸化ニッケルを炭素電極に混ぜ込んだ(NiO-C)場合、電極の価電子帯の状態密度に変化が生じ、開放電圧(Voc )が改善することがわかった。また、酸化ニッケルを導入しない場合は効率が13%であったのに対し、m-NiOとNiO-Cを同時に導入した場合、これら双方の効果を同時に発現することができ、効率を15.3%まで改善することができた。他にも、炭素電極中のグラファイト粒子やカーボンブラックの大きさや混合比率をコントロールすることで、高い導電性を有する炭素電極の開発などを実施し※7,※8、MPLE-PSCsの高性能化を目指した研究を展開している。最近では、MPLE-PSCsの封止技術を確立することで、高温高湿度(85℃―85%RH)試験で世界最長となる3,000時間以上の耐久信頼性を確認し、これは屋外環境20年相当の寿命(耐久性)を持つものと考えられる※9。さらに、共同研究先の企業と連携し、大型モジュールの作製も同時に進めている(図5)。本太陽電池の基礎的な研究と、実用化に向けた開発の双方からアプローチを続けることで、商業化に近づけることができると考えられる。




炭素電極を用いたペロブスカイト太陽電池のリサイクル性

既存のシリコン太陽電池は、リサイクルが難しいため、使用後はそのほとんどの部分を破棄するしかない。今後の新たな太陽電池開発において、リサイクル性検討は非常に重要である。ペロブスカイト太陽電池についても、リサイクル性に関する論文が多数報告されており、鉛の有毒性は問題であるものの、リサイクルは可能であると考えられている。ここでは、MPLE-PSCsのリサイクル性について考える。MPLE-PSCsを実際の太陽光発電に利用した場合、光吸収材料であるペロブスカイト結晶が主に劣化すると考えられる。この劣化したペロブスカイト結晶を多孔質層状電極から上手く洗い流すことができれば、ペロブスカイト結晶を充填する前の多孔質層状電極のみの状態に戻すことができる。ドイツの研究所フラウンホーファーISEの研究者らは、劣化したMPLE-PSCs素子をメチルアミンとエタノールの混合液に浸すことで、劣化したペロブスカイト結晶を液化し、多孔質層内から除去することに成功している※10。その際、炭素電極もエタノールによって溶かされるため、<導電性ガラス基板/電子輸送層/絶縁層>のみが残る。これを400℃で焼成することで、完全にペロブスカイト結晶と炭素を排除することができ、再度、炭素電極を印刷・焼成し、ペロブスカイト前駆体を導入・加熱乾燥させることで太陽電池の大部分をリサイクルした状態で素子を再作製することが可能となる。論文では、再作製した素子が、初期の素子性能の92%を維持することに成功しており、リサイクル性の高さを示している。このようにMPLE-PSCsのリサイクルは特殊な設備を必要としないため、既存のシリコン太陽電池のリサイクルに比べて非常に容易であると考えられる。

おわりに

ここでは、炭素電極を用いたペロブスカイト太陽電池MPLE-PSCsについて紹介した。本太陽電池は薄膜型のペロブスカイト太陽電池と比較して、研究者が少なく、世界でも10数チームほどしかいない。しかし、多くのチームから高い耐久性が報告されており、また大面積モジュールの研究も進められている。MPLE-PSCsの光エネルギー変換効率がさらに向上すれば一気に実用化される可能性が高く、今後の研究開発の進展を期待したい。


文献一覧

引用文献

ペロブスカイト太陽電池の最新開発・製造・評価・応用技術―高効率化・大面積化/安定性・耐久性向上/環境対応
https://andtech.co.jp/books/1edb71dc-a558-6f1e-8e06-064fb9a95405


参考文献

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